2020年10月29日木曜日

東京大学物語を読み終えて思う、人間の可能性ってすごいって話

東京大学物語を久しぶりに全巻読了しました。20年近く前に完結しているマンガです。

以前読んだときと違う感想を持ったので、ここに記しておきます。

オチ

通して最後まで読むと、どうしても感想はオチの部分に来ると思います。昔は私も「なんてオチだ!」ってがっかりしたような覚えがあります。

しかし今回はオチを知っていたので、そんなことは思いませんでした。当たり前です。

それより、これは「作者のことなんだよな」って気持ちになりました。

私も創作をすることがあり、妄想を巡らせることもしばしばあります。巡らせると言うか、突然降って湧いてくるように想像が進んでいくのですが。

先日も障害者と差別、公的な補助や税金の使い方、障害は個性、なんてことについて考えてたら、「顔面ブサイクで恋愛はおろか日常生活でも不利益を被る人は社会的な支援が必要なのかもしれない。そしたらコミュニケーションを取るのが苦手な人だって、そこに対して社会が支援をしなくてはならない。それぞれが個性であり、その人が持って生まれたもの。それが今の障害ならば年金や税金での支援もあるが、ただ生きにくい個性を持っている人は見過ごされても支援も受けられず、人生をハードモードで進めていくしかない。障害者や弱者を支援するのが近代社会の礎にあるべきなら、このような人たちもありのままの自分で楽に生きられるように支援するのが本来なのではなかろう。じゃあ財源はどうするか。それはやはり逆に得しているイケメン・美人が支払うべきだ。ただ顔面が人より優れていると言うだけで、人生がイージーモードになっているというのは不公平じゃないか。いやいや、美人だって損したり困ったことがあるんですよ、っていう輩もいるだろうが、それなら美容整形でブサイクに整形する人がいない事実をどう説明するのだ。本当に美人が不利益ならば、もっと整形で美人をやめるという選択肢を取る人がいいはずじゃないか。やはり美人は一般的に得をしているんだ。だいたいどの界隈だって、顔がいい者のほうが成功している。役者、歌手はおろか、政治家だって顔がいいほうが成功している。もちろん顔が全てではないが、顔がいいのが有利に働く部分が往々にしてある。だいたい顔がいいからあなたは余分に税金を払ってくださいと言われても、内心嫌な気持ちはしてないんじゃないか。嫌ねーとか言いながら、本当は喜んでいそうだ。しかし美人の判定はどうする。主観が働いて認定するのに困難を極めるぞ。逆に美人認定されなくて文句を言う人間すらでてきそうだ。やはりここはデータベースをもとにAIでビッグデータ分析を進めるのが王道か。外国人の美意識は日本人と違うかもしれないな。まあいいや、今は日本の税制を考えているから、とりあえず日本人が美人と思うかどうかで決めよう。化粧はどうする。本来はブサイクなのに、化粧で美人になっている人はいるぞ。素顔で判定したら脱税みたいな形になるな。おや、ここまで設定を進めていったらこのネタで小説が一つかけそうだな。タイトルは美人税か。あれ、昔なんか同じタイトルの短編を見たことある気がするな。内容は知らないけど。これを出したところで2番煎じですねって言われそうだな。せっかく自分で最初から考えたのに。だいたい自分は昔から何もないとこから考えるのが得意なんだよな。中学生の頃数学の勉強とか全然してなくて、問題見て自分で独自に解き方をゼロから編み出したこととか何度もあったな。いわゆるプログラマーの世界で言う車輪の発明ってやつだ。すごい苦労して、今さら車輪なんていう便利なものを発明したところで、すでに広く使われてるのがあるからそれを応用したほうがいいてやつだ。もし自分が昔に生まれてたら、天才として世に残る発見とかできたのかもしれないな(この間15秒)」みたいになりました。

小説のネタって自分はだいたいこんな感じなんです。どどどどって思考の波が押し寄せてきて、設定とかオチが降って湧いてきて、あとはそれを描写しながら、細かいところを補完して完成します。

東京大学物語も、結局は作者の思考ということなんですよ。つまるところ他の話だってそうなんです。ドラゴンボールも鬼滅の刃も、ロミオとジュリエットも源氏物語も、結局作者が妄想した世界なんです。それをあえて書いてしまったのが東京大学物語なんです。

なので私が今回東京大学物語を読んで持った感想は「共感」でした。すごく、よく、わかります、と言いたかった。

人間の脳が作る世界

人間の脳というものはものすごい情報量とそれを処理する能力を持っています。それはみんな知っています。でも俺の脳ってそんなにすごくないよって言う人がいるかも知れません。じゃあすごくないんでしょう。ここでは一部のすごい人の場合に置き換えてみます。

例えば私の好きな漫画の一つに進撃の巨人というものがあります。独特な世界観をもった作品です。ということは、作者の諫山創さんの脳内には、あれと同じだけの世界、いやきっと描写しきれてないこともたくさんあるのでしょうから、あれより広い世界が存在しているのです。

米津玄師のようにいろんなジャンルの名曲を作る人がいます。あの人の頭の中に生まれた世界なのです。それを音楽として表現しているのです。

それに気づけば、彫刻や絵画などの美術品も、誰かの頭の中で作った世界ということがわかるでしょう。私はそれから美術を眺めたりするのも大好きになりました。

そう考えると、すごい世界を頭の中に生み出しながら、表現する手法や技術を持ってない人もたくさんいると思います。世界を表現するのは技術です。技術的に拙く、または発表する場がなく。しかし本当は素晴らしいものが頭に浮かんでいる人もいるのでしょう。もったいないことです。

集合知としての表現

例えばビルなどの建造物。仏閣とかもいいですね。高速道路とかも同じようにすごい。誰かが想像した世界を、多くの人が技術を結集し表現している社会。すごいですよね。

身の回りにある品物だって全部そう。誰かが考え、誰かが製造してくれている。その恩恵を私は受けている。

人は一人で生きていけないと言いますが、まさしくそう。誰かのおかげで私は今の生活をしています。誰かがすべて頭の中で考えたことです。

自然はすごい

旅行好きな若い女性(世界各地に行くのが趣味)に、中年の上司(キャンプとか好き)が「人が作った観光地なんかより、自然のほうが感動するな」って言いました。それを聞いた若い女性が発した言葉が「自然がすごいのなんて当たり前じゃないですか」でした。

ズドーンと私の胸に突き刺さりましたね。

その女性、そんなに言葉に表現力もなく、語彙が豊富とも言えない人なんですが、ブルーハーツの歌詞のようにシンプルにストレートに私の胸を貫きました。

そうなんですよ。私が常々思っていた事です。自然っていうのは言い換えれば宇宙なんですよ。無限の力を持っています。そこにいる本来ちっぽけな人間が、現代社会を作り、街並みを作っているというこの素晴らしさ。

価値観の持ち方は人それぞれです。中年の上司の言いたいこともわかりますし。だけど私は人間が考えた世界っていうのがすごくいいと思います。

すごい人が考えた世界ってすごい。

2020年8月29日土曜日

蚊に血を吸われて思ったこと(2020年日本の夏)

今朝、腕を蚊に食われました。

エアコンもつけずに窓を開放した自宅で、スマホにイヤホンをしながらyoutubeを鑑賞していました。特に熱心に見入っているわけでもなく、暑さを感じながらぼうっとした感じで眺めていました。

ふと左腕を見ると蚊が止まっています。

反射、というやつでしょうか。

考えるより早く、右腕が左腕を叩きました。ぴしゃり!という音ともに、ちいさな緋色のしずくが放射状に伸びました。

扇風機の音だけがかすかに聞こえます。セミの鳴き声も聞こえません。

この世界で私だけが、あの蚊の生涯が終わったことを認識しました。

まるで何もなかったかのように、この世界は今日もまた、新しい1日を始めようとしていました。

なんで人間を狙うのだろう

なんで人間を狙うのでしょうか。人間という動物は、動物界の頂点に君臨するぐらいの手先の器用さを持っています。(残念ながら、私は人間界の底辺に所属するぐらいの不器用さですが。)

人間の血を吸うばかりに、文字通り人間の手によって叩き潰されてしまいます。人間の手は全身どこでも届きますし。

もっとウシや馬の血を吸いに行けば、しっぽで追いやられるぐらいで済むと思うのです。

牛や馬がいない。まあそうですね。私が無知なだけで、牛や馬が多い地域では蚊は牛や馬の血を吸っているのかもしれません。

それでも犬や猫を狙えば良さそうだと思うのです。

成功体験

理由の一つとして考えられるのは、成功体験と敗者退場の理論です。敗者退場の理論は私の造語です。

蚊は代々、人間の血を吸ってきました。徳川綱吉が生類憐れみの令で、蚊を殺したものを処分した話が、マンガ「日本の歴史」に載っていたのを覚えています。少なくとも、江戸時代には血を吸っていたことになります。(当然、もっと以前より吸っていたと考えられるが、私の頭の中での正式な記録がそれと言うだけの話。)

すると、蚊の中には人間の血を吸って生還できるものもいるというわけです。

その蚊は「人間はちょろいぜ。血を吸っても気づきやしない」という話を、仲間内で得意満面で話すことでしょう。ひょっとすると、お母さんが子どもたちに「お腹が空いたら人間の血を吸えばいいのよ」って教えるかもしれません。

それを間に受けた蚊たちは、続々と人間の血を吸いに来ているのでしょう。

そこで敗者退場の理論です。

血を吸うのに失敗して叩き潰された蚊は、その失敗談を広めることができません。失敗イコール死だからです。

叩き潰される瞬間、「こんなはずじゃなかった・・・ぐふっ!」って、あの得意満面に話した蚊の顔を思いながら逝くのでしょう。あるいは、生涯の幕を閉じる瞬間、お母さんに疑念を抱くという最悪のシナリオになっているかもしれません。

そこで私達人間ができることとして、蚊を即死させずに生還させるという方法が考えられます。

半殺し状態や、身体に障害を残す程度に痛めつけて野に放てば、「人間を狙うのはよしたほうがいい」という意識を蚊に刷り込められるかもしれません。

それを全国津々浦々、何十年、何百年も続ければ、いずれ蚊は人間の血を吸いに来なくなるかもしれません。

ドラクエ2のオープニングのように、傷ついた兵士が蚊の王に対策を進言したところで息絶えれば、国中総出で人間襲撃禁止令が発令されるかもしれません。ん、蚊の王って言うとベルゼブブが来る気がしてきました。ちょっと怖いです。

甘美

あるいは蚊は人間が危険なことを当然知っているのかもしれません。が、命を賭す以上に人間の血が魅力的なのかもしれません。

欲望というのは、禁忌を破るほど甘美と言われます。

ダイエット中に甘いものを食べたり、覗くなと言われても機織りしているところを覗いたり、開けるなと言われた玉手箱を開けたり。

やってはいけないことをすると、人間は幸福感を感じられるようになっているということがまとめられている書いてある本を読んだことがあります。なるほど、と思ったものですが、蚊も同じなのかもしれません。

命がけで吸う血。

それが最後の晩餐だとしても、それはそれは蚊の満足感を満たしてくれるのかもしれません。

それなら私が潰した蚊も、死ぬ瞬間に絶頂を迎えられたことになります。それならあの蚊の、満足そうな亡き骸にも納得がいきます。

番外編

吸おうと思った瞬間に叩き潰される蚊は悲惨。

補足

蚊は普段植物の汁を吸って生きていて、交尾後のメスのみ動物の血を吸って産卵に備えます。

2020年4月11日土曜日

コロナと愛知県と名古屋市と緊急事態宣言

記事は4月10日の情報に基づいて執筆しています。

愛知県が独自に緊急事態宣言を出しました。先立って出された政府主導の緊急事態宣言では

緊急事態措置を実施すべき期間は、本日、令和2年4月7日から5月6日までの1か月間とし、実施すべき区域は、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、及び福岡県の7都府県とします。

とありまして、愛知県はこの中に含まれませんでした。名古屋飛ばしという言葉も聞かれたわけであります。危機感をつのらせた愛知県は、国からの指定はなかったものの、独自に自粛等を求める緊急事態宣言を出したわけであります。

ちなみに現在の感染者数(死亡者数)は以下の通り。

  • 埼玉 :337(6)
  • 千葉 :388(2)
  • 東京 :1705(40)
  • 神奈川:437(10)
  • 大阪 :696(80)
  • 兵庫 :316(13)
  • 福岡 :269(1)

愛知県はと言いますと、

  • 愛知 :314(22)

となっていまして、確かに出ていてもおかしくないと思うんですよ。

ということで、名古屋市在住の私が内側から見た視点で、愛知県について書きたいと思います。

政府の緊急事態宣言に含まれない理由

管官房長官の発言によりますと、「急速に増えている段階ではない」らしく、感染経路不明が少ないのも理由らしいです。

確かに、4月7日時点では、愛知県というのはもっと他の緊急事態宣言が出てる県と並ぶぐらいの感染者数だったのですが、ここに来て少し後塵を拝し(?)てる感じになりつつあります。

政府の判断も妥当と言えるのかもしれません。

名古屋市=愛知県という誤解

これ本当、外から見てる人にいると思うんですけど、名古屋市とはほとんど愛知県で、愛知県とはほとんど名古屋市であると思っている人が多いと思うんですよ。

「愛知ってどこだっけ?」「名古屋のあるとこだよ」みたいな。

ちょっと一度想像してほしいんですけど、愛知県に占める名古屋の割合ってどれぐらいだと思います?

もうすぐ画像出しますから、その前に一度想像しておいてほしいんですよ。

あ、このへんはそのための無駄な行稼ぎです(笑)

ついでに私の娘なんですけど、中学生の時に陸上の大会で名古屋市で1位を取りました。

名古屋で1位取れたなら、愛知県大会もだいたい行けるだろって思ったんですけど、そうでもなかったという事実があります。

ま、私の脳の中も「名古屋ってだいたい愛知だよな」みたいな感覚があったということでしょう。

おまたせしました!

こちらでございます!

ちっちぇー!

そうなんですよ。名古屋って全然愛知県じゃないんですよ。

愛知県は名古屋市以外にも、トヨタ自動車で有名な豊田市、海水浴なんかの知多半島、稲荷で有名な豊川市、新幹線の駅もある安城市、インバウンド観光が大打撃を食らってる蒲郡市、サーフィンで有名な田原市、自動車ラリーが行われる新城市などなど、つい普段忘れてしまいがち(コラ!)な市区町村がたくさんあります。

名古屋市なんて愛知県のほんの一部だということがわかっていただけたと思います!

人口比

でまあ、読者のあなたが何の話だったか忘れたころだと思うので、コロナの話題に戻るのですが、人口の比率を見てみましょう。

愛知県全体の人口がおよそ750万人。

名古屋市の人口は230万人。

こんなに狭いのに、32%以上の人が名古屋市に住んでいるのです。

それでもって、コロナ患者の割合は愛知県全体が314人に対して、名古屋市が185人。59%ぐらいです。

人口の割合以上に、コロナ比率も高い。まさに密集。

ということで、緊急事態宣言は愛知県に出さないとしても、名古屋市には出すべきだと思うんですよ。

調べてないし、部外者なので何とも言えないけど、兵庫とか福岡も同じ感じで、大都市に集中してるのではないかなって思います。

ということで、緊急事態宣言は都道府県にこだわらず、市区町村を指定して出すほうがいいのではないかという私の見解です。

2020年1月20日月曜日

中年の星について思うとこ

あけましておめでとうございます。このブログは年末年始のあいさつばかりしてる気がします。

前回のあらすじ。「やわらかいおっさんになるわ」。あらすじ終了。

youtubeにあった、2週間で180度の開脚して胸をべったり床につけるという動画を参考にストレッチを行っています。

2週間で胸がつく動画を見始めて2ヶ月近く経ちました。いまだに胸はつかず。残念。

というのも、そもそも動画に出てくる「開脚したら両肘を床につけて30秒キープ」っていう運動があるんですよ。ちょっと想像してみてくださいよ。やれって言われても普通の人はやれないですよね?

そうなんです、つまり「2週間で胸がつくストレッチ」自体はまだ私、1回もやってないことになります。やってないんだから2週間経とうが2年経とうが、2世紀経とうができるわけなくて矛盾していません。

それに気がついたときは一休さんのトンチみたいで感心してしまいました。

しかしながらついに昨日は肘をついて10秒ほどは維持できました。死ぬ気でやりましたけども。もうちょっとでスタートラインに立てるかもしれません。

狙うは中年の星なんだけど

でまあ話は変わるんですけど、私は中年でもがんばればできるんだよっていう活動をしていきたいわけなんです。歌を始めたのも39歳とかなり遅かったですし。

で、それを見て喜ぶターゲットってどんな人なんだろうって考えてました。

よく高齢のスポーツ選手が活躍すると、「中年の星」ともてはやされたりして街頭インタビューが行われます。サッカーのカズや野球のイチローなんかもそうですね。中年サラリーマンが「同じ世代としてがんばってるのを見ると感動します」って。

なんか私は違う気がするんですよ。

同じ世代の人が頑張ってるのを見ると、逆に諦めたくなります。(あの人はあんなにすごいのに、同い年の私はこんな風になってしまって・・・)って感じるのが普通じゃないですかね。今までの人生のつけを払わないと、って考えそうです。

でも私は逆にカズやイチローよりは少し下の世代なんです。だから素直に「私もあの歳まで元気になれるように頑張ろう!」って思えるんです。

だから私がターゲットとすべきなのは、同い年より少し下の世代なんだろうなって思います。

異性については

私は男なので異性は女性です。「犬が西向きゃ尾は東」と同じ理屈ですね。

ここからは少し私の歌活動で思うところなんですけど、私のファン層になり得る人って女性かと思ってたんですけど、それより男性の方を向いたほうがいい気がしました。

「あの人(私)みたいになりたい」って思ってもらえそうな三十代の男性。もうちょっと若くてもいいけど。

美魔女ってよばれる人がいるんですよ。歳はいってるのに綺麗な女性。でもその人を慕うのはほぼ女性ですよね。男としてはあんまり魅力を感じないのが本音です。同じ見た目なら本当に若い人のほうが身体能力的にも優位なわけですから、見た目だけに一生懸命な人より、知的なことだったり人間的魅力を磨いている女性の方が素敵だと思います。

私も同じです。

見た目とか運動能力とか頑張っても、若い人とは同じようには行かないかもしれないし、同じように行ってもせいぜいその時点での土俵が同じだけで、未来は悲観的なものです。

なので当然若い女性から人気を得られるわけもないし、同い年ぐらいの女性も、若いのが好きなら本当に若い方へ行くでしょうし。

がんばーる人がーい~いよね♪

男性の人気を取ろうとして安易に行くなら性的な表現を取り入れると早いんですけど、悪いんですけどそういう情報に集まる輩は質が悪くてこっちからノーサンキューなわけです。そういうのはやはり秘め事。大切なことですけど、隠しておくのが吉なんです。

そうするとストイックな感じになるんですけど、そうすると男女問わず応援してくれる人はついてきてくれる気がします。

がんばる人って年代、国籍、性別なんて関係なくいいですよね。私も応援したくなります。

がんばる人が嫌いな人もいますけど、そういう人はむしろ来てほしくないのでちょうどお互いのためなんです。

なのでまあ、がんばれば女性ファンもちらほらついてくれると思います。(希望的観測)

女性ファンをターゲットとすると、既婚は絶対NGなんですけど、男性ファンをターゲットとすると既婚、子持ちはむしろプラスです。隠すことが減れば私も動きやすい。

今年はちょっとスタイルを変えて活動しようかなって思った理由を書き連ねました。